「一本の煙突」をキーワードに町の歴史を伝え次世代に語り継ごう。こんな「夢おこし」の催しが、私の郷里で実施されました。地域を一つのミュージアムに見立て、多様な展示や芸能、講演などの催しをいくつかの公的施設を活用して展開したのでした。題して「山根大通りストリートミュージアム」は、愛媛県新居浜市の角野地区で11月21日から3日間開催されました。昨年来、市民有志が中心となって企画し準備を進めてきた手づくりイベントです。いつ帰郷しても変わらぬ印象だった田舎町に起こった、市民らによる「ふるさと再見」の活動を現地リポートします。


ライトアップされた煙突(伊藤保次さん撮影)
◇赤いレンガの煙突がシンボル
 私の生まれ育った新居浜市は、世界的な産出量を誇った別子銅山の山すそにあります。しかし1973年に約300年の歴史に幕を閉じ閉山したのです。「住友」グループ発展の礎を築いたこともあって、銅山から派生した産業が根づいていますが、町の活力はそがれました。しかし明治以降の産業近代化に先駆的な役割を果たした産業遺産が各所に名残をとどめ、こうした産業遺産を再活用し、町の再生に取り組もうとの機運が生まれてきたのでした。

 数ある産業遺産の一つに、赤いレンガの煙突があります。生子(しょうじ)山頂に約18メートルの高さで建設されましたが、亜硫酸ガスが付近の農作物に被害をもらせたため閉鎖されたのでした。煙の出なくなった煙突の立つ山を、市民らは「えんとつ山」の愛称で呼び親しんできたのです。その煙突が設立されて120周年の昨年秋、新居浜市に移管され、国の登録有形文化財にも選ばれています。こうした動きに呼応し、市民有志が昨年8月「えんとつラボ」を設立し、山を憩いの場として整備するとともに、市との協働 事業として市民参加型のイベントなどの企画運営に乗り出したのでした。

 今年8月にはプレイベントとして、「えんとつ山を見てきた先人」のフォーラムや「えんとつ山テーマソング」の発表会を開いています。故郷を離れて暮らす同郷の人達ら全国への情報発信拠点として、年初から「えんとつ山倶楽部」を結成しホームページhttp://www.entotsuyama.com/も開設しています。

 中でもテーマソングは、「町のシンボルを永遠に」との願いを込めて制作されました。「赤いレンガの煙突は この街のすべてを知っている……」。愛媛県出身のデュオ、クレア&香さんが、郷愁たっぷりの詩を澄んだ歌声で聞かせます。発表会では、私が寄せた「赤いレンガは故郷のランドマーク」の次のような文章も朗読されました。故郷を離れて暮らす者にとっては、「えんとつ山」は心の安らぎそして故郷に住む者にとっても「えんとつ山」はきっと心のよりどころとなる風景に違いない
◇各分野で業績残した先人巡り
 今回の主要イベントは「えんとつ山を見てきた先人」の各種展示で、別子銅山の発展に尽力した人物と様々な分野で足跡を遺した郷土の先達です。子どもたちに教科書とは違った社会勉強をと願いもあって各会場を巡るスタンプラリーや、市の別子銅山遺産課の担当者が探訪ガイドなども盛り込んでいました。

 「えんとつ」設立121年目の記念の日に、佐々木龍・新居浜市長も駆けつけ一連の行事のオープニングセレモニーとしてテープカットをしました。会場となった 鉑友寮は住友金属鉱山の厚生施設で、この日初めて一般公開されました。ここでは「えんとつ山」の麓に大規模な社宅や福利施設の自彊舎をはじめグラウンド・相撲場などを整備し、町造りに貢献した鷲尾勘解治(1881-1981)を資料や写真で紹介していました。

  「えんとつ山を見てきた先人」としては、住友別子銅山発展の礎となり鉱山鉄道を敷設した広瀬宰平(1828-1914)や、その甥で、煙害問題に取り組み別子全山に植林し緑の山に復した伊庭貞剛(1847-1926)らがいますが、新居浜市広瀬歴史記念館で顕彰されています。記念館では3日間無料開放し、併せて「新居浜の登録有形文化財」の企画展(12月13日まで)も開催。旧山根製錬所煙突や山根競技場観覧席などの文化財など新たに指定された5件の近代化遺産を写真パネルなどで写真パネルなどで紹介しました。

 さらに先人として、広瀬宰平の口利きで住友樟脳精製所に勤め、後に神戸製鋼所の支配人となり、「鉄の巨人」と言われた田宮嘉右衛門(1875-1956)や、別子鉱山鉄道の運転手だった近藤鹿松の息子で角野町長や愛媛県議を務めた新居浜市名誉市民の近藤廣仲(1897-1998)もいます。この二人は、別子ハイツを会場に写真や資料展示をされました。高齢の見学者達の中には生前を知る人もいて、在りし日の遺徳を偲んでいました。

 芸術・スポーツ部門では、住友化学を退社した後、プロのカメラマンになり、『四国山村風土記』などの作品を撮り続けた寺尾國義(1928-1992)の写真展は角野公民館で開かれました。住友の従業員社宅の鹿森や新田地区の日常風景を捉えた写真は、私の記憶にも重なり、会場では写真を通して昔話が語られていました。
 
 角野小学校体育館では、日本を代表するイラストレーターとして活躍した真鍋博(1932-2000)と、同じ中学の1年先輩でウインドディスプレイの先駆的役割を果たした松田雅夫(1932-1989)、慶応大学から日本石油そして巨人軍のエース、さらに名監督となった藤田元司(1962-2006)らの業績が資料も加えパネル展示されました。 真鍋コーナーでは、『自転車讃歌』で発案された夢の自転車を実際に製作し「家族三輪車」も出品されました。これは私が朝日新聞社時代に企画した2004年、大阪・倉敷・東京で開催した「真鍋博回顧展」のため製作したものです。展覧会後、自転車は関西サイクルスポーツセンターに寄贈されていましたが、このイベントを機に新居浜市に再寄贈されたのでした。

 この過程で、自転車の普及を図る関西サイクルスポーツセンターでは、「 家族三輪車」のほか、所有の「おもしろ自転車」も運んで、子ども達に楽しんでもらいましょう、との話に発展し、22・23の両日小学校校庭などで試乗会が催されたのでした。私の定年前の最後の仕事が故郷の先人を取り上げた「真鍋博回顧展」であり、そうした絆が今回のイベントにいささかお役に立てたことに感慨深いものがありました。
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初公開の鉑友寮での鷲尾勘解治の展示 無料開放された広瀬邸の庭 広瀬歴史記念館での「新居浜の登録有形文化財」展 住友の従業員社宅を撮った寺尾國義の写真展
真鍋博デザインの「家族三輪車」 おもしろ自転車の試乗会 製錬所や鉱山鉄道についての講演会
◇子どもたちへの伝承こそ主眼
 一連のイベントに花を添えたのが、二日目に鉑友寮西側の広場で催された鉱山の伝承歌「別子銅山大鉑(おおばく)の唄」の披露です。大鉑は毎年元旦に銅山守護神である大山積神社に奉献された大きな鉱石で、現在、記念館の入り口に展示されています。大鉑歌の由来は、古式により「鉑祭」でのみ奉納されてきました。歌詞は100年以上も前から伝えられていますが、作者不詳です。坑夫らによって歌い継がれたこの歌を、今回は角野中学校合唱部の生徒らに特訓して披露されたのでした。

 また「せっとう節」は銅山で働く人の仕事歌として伝わっています。こちらは大人から小学生までの参加で保存会が継承しています。高校まで郷里で過ごした私でも、こうした郷土芸能を見るのは初めてです。今回のイベントで広く市民に披露するとともに、地域のCATVに収録されました。実行委員長で「子どもが帰ってきたくなるまち・すみの研究会」会長の直野菅男さんは「指導者が生きているうちに後継者を育てることが大切です。人の輪で住みよい町づくりをしたい」と強調していました。

 市民参加では、「えんとつ」のライトアップがありました。伊藤保次さんはこれまでも自宅駐車場から照射していますが、イベントの3日間、鉑友寮と公民館、自宅からそれぞれ夜間のライトアップをしました。「えんとつ山」のすぐ下で生まれ育った電気技術者の伊藤さんは、2006年夏に高知城をライトアップしている飲食店のニュースをテレビで知って思いついたと言います。

 真っ暗な山の頂にぽっかり浮かび上がる煙突は幻想的でした。その感想を伝えると、伊藤さんは「幼いころ遊んだ山でした。産業遺産の保存に自分の出来ることを続けたい」と率直に話してくれました。船舶用の探照灯を改造して照射していますが、電気代を含め自前でまかなっています。

 このほか山根グラウンドでは21日夜、「キャンドルナイト爪楊枝アート」もありました。市内の高校生らが時間をかけて爪楊枝で制作した広瀬宰平の顔をキャンドルで飾ったのでした。さらに期間中に、広瀬歴史記念館名誉館長の末岡照啓さんが「山根製錬所と別子鉱山鉄道」について講演し、「いきいき健康ウォーキング大会」など多彩な催しが行われました。

 地域再生や地域おこしは、いま日本の各地で動き始めています。かつては行政主導で箱モノを作れば人が集まるとの思い込みがありました。失敗例が夕張でした。そのツケが住民の重荷になってしまいました。大切なのは住民の参画意識で、箱より中身。アイデアが勝負の時代です。「自分たちが町を創る」といった意識を持つ人が啓発しあって、仕掛けを考えることです。

 今回の故郷でのイベントはそこに暮らす住民らが地域の歴史を知り、町づくりに参画することに意義がありました。「文化が地域を創る」。そんな思いが実感できる試みでした。その一翼に自身が参画できたとあっては格別な思いがします。この実績を出発点として、共に生きる社会に向け、行政と対峙することなく連携して、今後さらに新しい挑戦に期待したいものです。
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中学生らが特訓で学んだ
「別子銅山大鉑の唄」
小学生も参加しての「せっとう節」 爪楊枝で描かれた広瀬宰平
(伊藤保次さん撮影)
キャンドルに照らされた爪楊枝アート(伊藤保次さん撮影)
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白鳥正夫の
えんとつ山
ぶんか考

「地域再生へ手づくりミュージアム」