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『アート鑑賞の玉手箱』、4月に出版

   新年挨拶の前回の新着情報でお伝えしましたが、4月に新刊『展覧会が10倍楽しくなる! アート鑑賞の玉手箱』(東京・梧桐書院)が出版されます。興味の尽きない「アートの世界」を、新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ-ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告しています。冒頭に取り上げたのが画廊主の役割です。そのさわりをひと足早く紹介しましょう。


■4月に出版の『アート鑑賞の玉手箱』の表紙

■口絵ページ

■口絵ページ

■口絵ページ

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画廊主・山木武夫さんの情熱と挑戦

   2012年10月、山木武夫さんはパリのドゴール空港に降り立ちました。世界的な造形・彫刻家として活躍する新宮晋(すすむ)さんのプロジェクト「光のシンフォニエッタ」などを見るためです。帰国直後の11月には、韓国の大邱(てぐ)で開催のテグ・アートフェア会場に参画していました。山木さんは大阪にギャラリー「山木美術」を設立して40数年になります。しかし画商としての舞台は国内にとどまりません。身軽にアメリカへ、オーストラリアへ、欧州各国へ飛ぶ「動」の画廊主です。


■パリのチュイルリー公園の池で開催された新宮晋さんの「光のシンフォ二エッタ」

■新宮晋さん夫妻(左から2人目と5人目)のプロジェクトを見るためにフランスまで出向いた山木武夫夫妻(新宮さんの両隣)

■新宮晋さんの「Wishes on the Wind」(2011年、T's gallery/山木美術「小さな惑星」展)
 山木さんは、一九四二年富山市生まれ。ガラス製造に携わっていた父親の元、5人兄弟の末っ子として育ちます。富山工業高校の工業化学科を卒業するものの、「サラリーマンにはなりたくない」と、心に決め、「できれば商売で独立し、世界を旅したい」との思いを宿していたのでした。

 1959年、高校を卒業するや大阪市高麗橋にあった古美術商の井上柳湖堂に丁稚奉公した。井上柳湖堂に住み込み、みっちり修業を積みます。古美術を扱いながらも、夜学で英語とフランス語を学び、暇があれば、当時着目を集めていた現代美術の「具体美術協会」の中心メンバーであった元永定正さん(1921~2011)のアトリエに顔を出していたそうです。

 次第に画商の心構えを身につけ、仕事に自信を持って、1969年ついに独立を果たします。井上柳湖堂での10年、目利きの旦那、井上正三さんから多くの実務を教えられたが、今も忘れられない言葉は「金もうけより人もうけが大切だよ」。これが山木さんのモットーになりました。

 2006年夏に私が開催を準備していた「角偉三郎遺作展」に先んじて、山木美術が2月に角さんの個展を開き、会期中に「角先生を偲ぶ会」を催したのでした。遺族らが招かれた偲ぶ会に私も参加し、亡くなるまで20年来の付き合いだったという山木さんの角さんへの熱い思いを知ったのでした。

 山木さんは、能登に生き、際限なく「かたち」を追い求めた角偉三郎(1940~2005)の漆に魅せられ、アメリカでも作品展を開催していました。この偲ぶ会に出席していたのが陶芸家の鯉江良二さん(1938~)で、私は2009年春、山木さんの協力で「鯉江良二展」を企画することになったのでした。

 山木さんと鯉江さんは1992年にアメリカのウエストミシガン大学でワークショップを行い、そこで作った作品を山木が買い上げその金額をミシガン大学に寄付をしています。こうしたスカラシップの設立は2001年にかけて韓国の慶州大学、オーストラリアのシドニー大学、ワシントン州立大学など世界各地で実施し、学生達を日本に招く資金などに役立てています。

 私が企画した「陶芸の旗手 鯉江良二展」は、大阪の京阪百貨店守口店で開かれました。初期の茶碗や花器や、壺などの実用陶器をはじめ反核のメッセージを託した「NO MORE HIROSHIMA,NAGASAKI」や「チェルノブイリ」シリーズなどのオブジェ作品など約110点を展示しました。山木さんの助言もあって、「やきものとは何か」を問い続ける鯉江さんの足跡をたどれる展覧会になったのです。


■鯉江良二「壺」(2000年、米シアトルで制作)
 山木美術は高麗橋から中之島、伏見町と移転し、来年には45年目を迎えます。山木さんが扱う作家はジャンルを問いません。絵画があれば版画、彫刻、陶・漆芸、現代美術に至るまで幅広いのです。今月30日まで、オーストリア・ザルツブルグ生まれのコンラッド・ウィンターさんの日本での初個展を開催。アルミニウム板に車両用塗料というユニークな技法で描かれた13点が展示されています。

東日本大震災の年に風で動く新宮晋展

   山木さんは一時、ロスに名古屋の画廊と共同で開廊していた時期もあり、アメリカでの人脈を培いました。とりわけアメリカ現代ガラスアートの巨匠デイリー・チフーリ(1941~)を日本に紹介した功績は大です。ニューヨークの大画商からの紹介でチフーリを知るや、彼の住むシアトルを訪ねガラス作品二点とドローイングを求めます。これを機会に急接近し、日本への普及の窓口になったのです。

 1999年には、広島市現代美術館開館10周年記念として「現代ガラスの巨匠が創る新・美空間 デイル・チフーリ展」が催され、子供の日は5000人を超す入場者でにぎわったのでした。この展覧会は、チフーリがヒロシマの鎮魂と平和を願っての熱意に山木が働きかけ、ガラスアート研究の第一人者でもあった当時の竹澤雄三副館長が応えて実現しました。

 チフーリと言えば、アメリカの数少ない人間国宝となり、かつてクリントン大統領の演説会場の舞台に作品が設置され話題になりました。その作品は華麗で大胆な色彩美と造形美を有し、日本でも波状的に広がり、名古屋市の大一美術館には常設展示されるほどになったのです。

 冒頭に記した新宮晋さん(1937~)との出会いは宿命的とも言えます。1970年の大阪万博の会場に実兄でギターリストの幸三郎さんが半年間、レギュラー出演していたこともあり、会場内に設置されていた新宮の作品に注目していたのです。

 画廊稼業駆け出しの山木さんは「いつか彼の個展を」と、胸に秘めたのでした。それから半世紀近くも経て2010年春、出版デザインに関わる知人の紹介で、兵庫県三田にある新宮さんのアトリエに出向きました。

 意気投合した山木さんは、2011年6‐7月、隣接のT's galleryにも呼びかけて合同企画で「―小さな惑星―新宮晋展」を開催しました。新宮さんにとって画廊での個展は初めてでしたが、山木さんの熱意に応えました。


■デイル・チフーリ「シトロン・グリーンと赤のタワー」(1998年)

■「デイル・チフーリ」展(1999年)で来日したチフーリを囲む山木さん(右から2人目)と広島市現代美術館の竹澤雄三副館長(右端)

■サボテンを植え込んでの「奇想天外―鉢合わせ―」展
 東日本大震災でそれまで享受してきた自然や水、地球について戸惑いの日々、山木は閃いたのでした。「新宮さんは、率直に、じつに謙虚に、しかし動じず、目に見えない自然のちからを、我々の前に作品として提示された。風や水で動く彫刻がそれだ」と。

「小さな惑星」展では、大阪南港の海遊館西側の風で動く作品や関西新空港国際線出発ロビーの天井に飾られたモニュメントの縮小バージョンの作品が展示されました。展覧会後も、新作の「地平線」が両画廊の入る戸田ビルの壁面に取り付けられ、自然の風に動き続けています。

 山木さんがわざわざパリに見た「光のシンフォニエッタ」は、チュイルリー公園の池に設置した高さ2・85メートルの彫刻一〇基で、水面に取り付けた円形や三角の帆が風を受けて回り、パリっ子の目を楽しませ、お年寄りたちにもくつろぎを与えていたといいます。パリではジェジェ・ビュッシェ画廊でも個展が開かれていて、あらためて新宮さんの海外展開を堪能したそうです。

 山木さんは今秋10月26日から11月30日には、T's galleryと合同企画で、2回目の「新宮晋展」を開催する準備を進めています。

 山木さんの積極的な活動を業界人はどのように見ているのでしょうか。新潟県三条市で福田画廊を経営する福田雄司代表は、数年前から山木美術と、お互いが抱えている作家の交流展を実施しています。「山木さんの行動力と直観力はマネができません。作家の独創性や表現力を見抜く感性は天性のものです。大いに勉強させていただいています」と敬意を払っています。

 画廊主としての山木さんの実績で特記すべきことがあります。これまで手がけた作家の作品集を随時出版しており、その数は50冊以上におよびライフワークともなっているのです。「私の仕事が残るとすれば、出版した本を後世だれかが見てくれることでしょう」と話しています。

 そして「この仕事を続けて良かった。海外にも自由に行けた。何より尽きない面白さがある。まだまだやらなければならないことはいっぱいある」とは、山木さんの弁です。何事にも情熱をたぎらせ、果敢に挑む真骨頂の山木さんは、数々の物語を紡ぎ、やがて果てしないアートの道、半世紀を迎えます。

「多彩なメニュー、味わうのはあなた」

以上は新刊の第一章の1項目の抜粋です。内容は、「アートを支え、伝える」「多種多彩、百花繚乱の展覧会」「アーティストの精神と挑戦」「迫力満点、現代美術家のメッセージ」「味わい深い日本の作家」「展覧会、新たな潮流」「『美』と世界遺産を巡る旅」「美術館の役割とアートの展開」の八章で構成されています。写真が約350枚も所収されていてどこからでも楽しく読んでいただけます。

 この本に序文を寄せていただいたのは大阪大学名誉教授の木村重信さんです。次のような推薦文(抜粋)を書かれています。

     アートは鑑賞者の感受性の水準に正確に応じて存在し、鑑賞者の想像力の大小によって、

     作品の意味は大きくもなり、小さくもなる。かくして本書では、鑑賞者の感受性を高め、

     アートをより有効に楽しむための「多彩なメニュー」が用意されるのである。そして著

     者が鑑賞者にとくに望むのは、頭で理知的にではなく、肌で感覚的にアートをとらえて

     ほしいということである。

     とにかく、本書で取り扱われるアートは、時間的、空間的に全世界に及び、そのジャン

     ルも先述のようにきわめて広く、それらにまつわる関係者も多種である。しかも特筆す

     べきは、それらがすべて著者自身の体験に即していることである。

     かくして、材料は新鮮かつ豊富、包丁のさえは抜群、メニューは多彩、そして盛りつけ

     もあざやかな本書ができ上がった。メイン・ディッシュは多様な和食や洋食であるが、

     中国料理やエスニック料理も用意されている。それを味わうのは、もとより読者、あな

     たである。

 なお『展覧会が10倍楽しくなる! アート鑑賞の玉手箱』はサイズ220×152ミリ、4色口絵カラー24ページ+本文304ページ。2300円(税別)。4月5日発売。

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